『α-male養成』講座の活用事例を
受講生から学ぶ

CASE

毒親に支配された人生から、青春を取り戻すまで

34歳

バーテンダー

K様

9年間、中国で親の仕事に縛られていた。日本に戻って出会った講座が、止まっていた時間を動かしてくれた。

9年間、中国で親の仕事に縛られていた。日本に戻って出会った講座が、止まっていた時間を動かしてくれた。

課題
  • 出会いがない
  • 口説き方が分からない
  • 付き合ってもすぐにフラれる
効果
  • 理想のパートナーと出会えた
  • 継続的な関係を築けるようになった
  • 自己肯定感が上がった
  • トークに自信がついた
  • 感情表現ができるようになった
  • 人生がポジティブに変わった
  • 副業・独立で成果が出た

支配的な環境で、自分を押し殺し続けた人生

少年時代は片親で、母親が不在の家庭で育ちました。女性との接し方がまるで分からないまま大人になり、女性は常に「怖い存在」でした。父親は支配下に置きたがるタイプで、教育係とともに朝まで説教されるような日々。家庭ではネガティブな空気の中で、自分の感情を押し殺すことが当たり前になっていました。

学校でも友人ができず、中学2年の時に意を決してメールで告白したものの「友達から」と返され、非モテ特有の振る舞いをしていたのだと後から気づきます。家庭では母親が離れていき、父親が再婚、3歳から8歳の間は父の元交際相手のもとに預けられ、虐げられる日々を送りました。人格形成の最も重要な時期に、否定と説教だけを浴び続けた結果、女性との健全な関係を築く感覚が完全に麻痺していたのです。

20代で交際した女性たちとも1〜2ヶ月しか続かず、そのほとんどは中国での出会いでした。9年間中国で親の仕事を手伝う生活を送り、コロナがなければそのまま人生を終えていたかもしれません。日本に戻った当初はすぐに仕事もなく、女性関係でも主導権を取ることができず――6畳の部屋に自分の荷物を半分占める狭く苦しい生活を送っていました。

「ナンパはソリューションである」という衝撃

実は22歳頃から関連する書籍を読み始めていました。その中に零時レイさんの著書もあり、いつか日本でやってみたいとずっと思っていたのです。中国では実践の場がなく諦めていましたが、日本に帰国してから改めて『ナンパはソリューションである』を読み、「これだ」と確信。すぐに体験会に申し込みました。

体験会ではビビるどころか、むしろワクワクしていたのを覚えています。数ある類似講座の中でこの場所を選んだ理由は、表面的なテクニックではなく、人生を根本から変えるアプローチが提示されていたからでした。

初めての成果は、新宿で出会った30歳の女性でした。昼のストリートで声をかけ、お茶に誘うところからスタート。自分好みの女性と週1回会える関係を築け、4回目のデートでついに自然な流れで親密な関係になることができました。アプリでの出会いとは全く違う、お互いに本気でぶつかる感覚――これがナンパの醍醐味だと確信した瞬間でした。

1800回の声かけと、仲間の存在が殻を破ってくれた

初めてのブートキャンプでは、1500回声をかけても全く結果が出ず、心が折れそうになりました。一緒に参加していたIさんが頑張る姿に刺激を受け、1800回を超えた頃にようやく結果が出始めます。メンターのYさんから「もっと自然に声をかけよう」というアドバイスをもらったことが大きな転機となり、そこからブレーキが外れて4日間で3人の女性と関係を築くことができました。

その後、印象に残る出会いが続きます。2人目は渋谷で出会った19歳の女性で、これまでで最も魅力的な相手でした。アプリでは絶対に出会えなかったタイプの女性と自然に関係を築けたことは、自分の可能性を大きく広げてくれました。3人目の女性とは今も関係が続いており、仕事終わりに埼玉から車で迎えに来てくれるほどの関係性です。父親譲りの「人たらし」の要素が、ようやく自分の中で開花し始めた感覚があります。

仕事面でも大きな変化がありました。昔の自分だったらコミュ障で今のバーの仕事を引き受けることはなかったはずです。渋谷で講座の仲間から誘われたこの仕事は、講座で培った対人スキルがなければ掴めなかったものでした。同期とのつながりは部活のようなノリで、街に出れば仲間が必ずいるという感覚――「青春を取り戻している」という表現が、今の自分にはしっくりきます。

もし講座に出会っていなかったら、せどりを地道に続けて人生を終えていたでしょう。「自分の人生はこれで終わりたくない」という想いだけを抱えたまま。思い立ったらすぐ行動する、周りの反対があっても突き進む――この姿勢を手に入れられたことが、今の自分を支えています。

講座の日程を確認する